手は時にその人の人生を語る。
こちらは能楽小鼓方・大倉流宗家 大倉源次郎さんの手。
見てわかるように、左手と右手で親指の反りが大きく異なる。
小鼓は左手で持って右肩にのせ、右手で打つ。 右手のどの指で、皮のどの部分を、どのくらいの強さで打つか、 それによって音色はさまざまに変化するわけだが、 それに加えて左手で調緒(しらべお)と呼ばれる朱色の麻紐を ぎゅっと握ったり解放したりしながら、音に色をつける。 その調緒を握り続けて50年以上。気づいたら左手の親指がこうなっていた。
あまりに反り返っているため、ちょっとしたアクシデントがあったことも。
乱能(らんのう※)で土蜘蛛のシテを演じたとき、
見せ場の蜘蛛の糸を投げる場面で糸がするりと手から抜けて飛んでいってしまった。
親指が反り返っていてつけ根のところも少し浮いているため、
すき間ができてしまうのだ。
身体のほうが楽器に歩み寄り、楽器に合わせて変化する。
この手は、小鼓とともに生きてきた源次郎さんの歳月を物語っている。
※乱能…ふだんと異なる専門外の役割を演じるファンサービス的な特別公演。シテ方やワキ方が囃子方をやったり、狂言方がシテやツレを演じたりする。
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